薄い、濃い。

浅草キッドの本を何冊か読んで、気になる人達だった。
以前、遠くの方から、お二人を眺める機会を得た。
舞台を降りてる時の顔は怖かった。
普通に言えば『人相悪い』。
特に水道橋博士
なんつうかなぁ、普通の人には無いオーラなんだろうな。
白昼、ばったり会うと、こっちが引いてちゃう感じ。あれはなんなんだろう。

中学校の時に、生の落語を全校生徒で聞く会ってのが有った。
落語家の方が三人。
僕は職員室でサインを貰えた。
なにしろ昔の事で記憶がおぼろげなのだが、桂枝雀さんと三遊亭円丈さん、あとお一人上方系のベテランの方だったような気がする。
高座では面白い人なのだが、職員室であったら、やっぱり怖かった。
ようするに、タダモノでないって匂いがプンプン。

お笑いタレントとかなんとか、軽い呼び方が似合う人は増えてるけど、『芸人』って言い方が似合う人は減ってるような。
浅草キッドは最後の世代なんでないかなと、思ってみたり、お前はいつから演芸評論家なんだって、突っ込んでみたり。


細木数子
あの人もタダモンでない。意味は違うけど。
とにかくバサバサ。
その根拠と自信はどっから。
いるのか、いらないのかそんなもん。
テレビ向きだなぁ。
100万人の人に好かれる事も、100万人の人に嫌われる事も、テレビの世界の価値では等価。そんな気がする。
この人が近所にいたらヤダなぁ、うちの家族だったらもっとヤダなぁ。
その位の濃さを持った人だけが、テレビってフィルターを通り越して、なにかを伝えられる。
もともと薄い人は、フィルターを越せなくて、ぼんやりと小声でしか、伝えられない。
だから、以前は野村サッチー、デビ婦人、今、細木さん。

家で一人つぶやく「あのぐらい濃くないと、テレビではキャラ立ちしないのかなぁ」
うちの家内が一言「だったら、私は立たなくていい」
おお、そうか。
別に芸能人でもないので、もともとキャラ立つ必要もないんだけどね。
それはそれでおいといて。
なるほど、そうですか、そうきたか。家内に一票。その発言は素敵。


僕はというと、薄い。
謙遜とかでなくて、僕は僕の事を元々、薄い人間だと思ってる。
濃い人を一杯みたせいだろか。ホント濃い人って濃いんだから。
自分は薄いと思ってる。
濃い方が仕事でも、その他でも、生活全般で、なんか勝ちそうな気がする。
僕は僕で、『薄くて悪いか』と思ってる。
薄いんだけど、充分生きてられるぞってとこを、やりきりたいと思う。「そもそも勝ちってなんだ」とも。
仕事でもね、「大丈夫、僕が薄くてもアーティスト濃いです」とか「全員が濃いと話が進まないでしょ。とりあえず、僕んとこに持って来て下さい、薄いから」とか、なんとか。
きっとやっていけるような気がする。

大災害の時にたよりになる人、ならない人。
圧倒的にたよりにならない僕でも、役に立つ自信はあるんだけどなぁ。
方向音痴でも不器用でも、サバイバル向きでなくても、なんとか役立つと思うよ。
そんな事と一緒。

アナタは濃いですか、薄いですか。
濃い人、おめでとう。もっと濃くすると面白いと思うよ。
薄い人、いいじゃない。結構面白いよ。僕も充分薄いけど、楽しくやってます。マジマジ。