アマゾン VS よい天

昨日、よい天に行ったら、店長のコジマが
「今日初めてアマゾン使っちゃいました」という。
コジマって一体何歳だっけ、確か昭和の中期の生まれだった気がする。
今ごろ初めてなのかってのは、まぁいい。
誰にでも最初はあるし、何をやるにも遅いって事もない。
僕が感じたのは、
なんか似合わないないな
という事。
えーと、多分悪口じゃないですよ。多分。


少し説明すると、よい天は、下北沢にある居酒屋です。
夜から朝方までやってて、深夜うろうろと徘徊する人に優しい店です。
食べ物もうまくて、安いです、そんな所も優しいです。
たまにバイトの人もいるけど、ほぼ一人でやってます。
コジマは、独り言が多いのが玉にキズなハートフルナイスミドルです。


さて、アマゾンはね、すごいですよね。
アマゾンが上陸しはじめの頃すでに
「あれはレコード屋の敵だ」
みたいな事いう人いたんですよ。今でもいるかな。もちろんいると思う。
ま、レコードだけでなくて、本もですね。
恐ろしい急成長ですね。既存店をどんどん飲み込んでしまいそうな勢いだ。
でも、それには理由があって、圧倒的に便利だからですよね。
今までの本屋、レコード店が出来なかったことを、いとも当然のようにやってる。
家にいてさ、急にほしくなってポチっと押したら、下手したら次の日きてるんだもん。
送料だってさ、アルバムやハードカバーの値段だったら無料だし。
レーベルの者としてはあの無法地帯みたいな値引きは、若干引くけどさ、
でも、買う人にとっては、それも便利の一環だもんね。
とことん、ユーザーフレンドリーだよね。
誰にでも、スマートでスピーディなサービスを提供してると思うんだ。
顧客の便利至上主義っつーかさ。
品揃えがやたらめったら豊富ってのも、配送が早いってのも、注文が簡単ってのも、
本当はごくごくシンプルな顧客の要求であって、それをごくごく当然にやってるのがアマゾンなんだと思うんだ。
インターネット通販を発明したのはアマゾンではないけれど、でもあそこまで細やかに運用をシステム化したことは、発明に近いと思う。
なんでそんな単純な事を他の誰かはやれなかったんだろうなと、後付けでは思う。
誰にでも喜ばれるシムテムですね。
沢山の人に向けてる。誰が買ってもそうなる。それは大事な事だ。


では、アマゾンだけ、あるいはアマゾン的なものだけあればいいかと言うと違うよね。
アマゾン的なものに対抗していけるのはなんだろう。
僕らは便利だけで生きてるわけではない。
僕は、よい天だと思います。
最近はね、小田急の踏切工事がすごくてさ、
店の前が全然通れないのよ。いやぁ道路ってこんなにふさいでいいんだって、感心するくらいに、通りにくいの。
けしてぶらっと行ける環境ではないんだけど、やっぱり行っちゃうのは、それはもちろん魅力があるからだよね。
久しぶりに行った時のひしゃげた笑顔とか、忙しい時も暇すぎる時も同じようにでるため息とかも、いんですよ。
一人でやってるわけだから、そりゃ魔法のように料理が出てくるわけでもない。でも、それを待ってるのも楽しみ。途中で「あー」とか「うわー」とか意味不明の叫びをあげてる背中を眺めてるのも大きな楽しみですよ。
こないだ冷蔵庫あけて、中に向かって「ハロー」って言ってたからね。
えーと、それはおいといて、なにより、料理人の意地みたいなもんと愛情がこもってるからウマいですよ。
非常に個人的なんですよね。
こっちもあっちも。
こっちとあっちって、大将と客ね。
そんな、パーソナルな店が、パーソナルな思いを共有できる店が、これから残っていくんでないかなぁと
ま、最近はそんな風に思うんです。
そういう意味では、沢山のすごく楽しい思い出も、いくつかの悲しい思い出も、この店にくっついた記憶になってるなぁと、思うわけです。


だからかな、コジマがアマゾン使うの似合わないと思ったのは。
多分そうではなくて、ルックスかもしんない。
アマゾンにあわないルックスってどんなルックスって、
ちょとうまくは説明できないけど、カラオケでスターリン中島みゆきを交互に繰り出すようなルックスです。


一体、これは褒めてんのか、けなしてんのかと、コジマはいぶかるかもいんないけど、圧倒的にほめてます。
で、心の中で応援してるんです。ほんとです。
アマゾンを超えるのは、よい天だ。また、そのうち!
業種はだいぶ違うけど、僕らもそんな仕事したいと思ってるんです。
これもほんとです。